「知的な人の馬券術」のまちがい

最終更新時間:2009年04月18日 22時18分38秒

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 明治書院から「おとなの教科書」として刊行されたシリーズ「学びやぶっく」の第一弾のうちの一冊「知的な人の馬券術」を読了。
 取り立てて目新しいことは書いてなかったが、「知的な人」向けの本とは思えぬ重大なまちがいはあった。
 第五章「このように買う」では、第四章までに取り上げてきた馬券術を実践でどのように用いるのか、2009/01/04(日)中山金杯開催日のレースを例に挙げ、著者が実際にどのように馬券を買ったのかということを通して紹介している。
 その中でも、中山第8レースは「過剰投票があり買う」レースとして取り上げられている。勝ち馬を知っている関係者が多額の投票をすることで生じるオッズの異常な変動を察知して、それに便乗することで馬券を的中させるという馬券術で、それ自体は、的中するかどうかはさておき、極めてまっとうな戦術であると思われる。
 ここで著者は、JRAのサイトの出馬表のページに表示されている単勝オッズを一定時間ごとにチェックし、その変化から過剰投票のありなしを判定しようとしている。

100倍を超えるオッズはもともと投票額が少ないのでわずかな投票でも大きく動くこともありますが、50倍以下の馬には大きな変動がないのが普通です。ところが9番インプルーヴの場合、八時前に47.1倍だったオッズが、一時間後には21.7倍、その一時間後にはなんと13.6倍と当初の三分の一以下まで下がりました。

 以下に、TARGETのデータから作成した、同レースの単勝オッズの推移のグラフを示す。赤い線で示されているのが9番インプルーヴのオッズである。

odds.jpg

 確かにオッズの変動だけを見ると、インプルーヴの単勝オッズは朝の8時前から10時頃にかけて急激に下がっている。
 しかしながら、これは「過剰投票」と呼べるほどのものなのだろうか。
 次に、単勝馬券の投票数の推移のグラフを示す。同じように赤い線で示されているのが9番インプルーヴのデータである。

money.jpg

 このグラフを見てもわかるように、インプルーヴの単勝馬券が8時から10時の間に大量に買われているという事実はない。つまり、インプルーヴの単勝オッズの8時から10時にかけての変動は、過剰投票によるものではなく、単に買われている馬券の総額が少ないために、少し買われただけでオッズが大きく動いたということに過ぎない。これはオッズが100倍だろうが50倍だろうが関係なく起きることである。
 また、どの馬の単勝馬券の投票数の推移を見ても、発走時刻13時40分の30分ほど前、だいたい13時をまわった頃から急激に増加していることがわかる。つまり、このレースの単勝馬券のほとんどは13時以降に売れているため、朝のオッズの変動を見ても仕方がないのである。

 グラフでは細かい数字が確認しにくいため、以下にほぼ1時間ごとの単勝馬券の売り上げ額(投票数に100円をかけたもの)を表にして示す。

馬番馬名7:599:0210:0011:04確定
1フサイチコウキ239001270002637003672005223400
2ディスパーロ580017900597001068001079200
3メルボルンシチー140034001220018100157800
4ローランバーク20000472001378002267004502900
5アグネスカルミア44400762001838002740003072600
6モンプティクール28100497001410001953002808300
7マグネティックマン11003600760012700114800
8コアレスピューマ230088002810053100408700
9インプルーヴ340021100926001284002009000
10フリーモア5700286006380095600503200
11ソロターン70064001770022200315000
12アンテリオール40018005300910071500
13オオヒメ10900416001083001597002158400
14トーセングラマー1720040500955001391001776700
15ブルーチェイサー1000250090001460077100
16アポロラムセス34800994003032004962008864700
合計額2011005757001529300231880033143300

 表を見ればわかるように、9番インプルーヴの単勝馬券は、7時59分から10時までの約2時間の間に8万9200円(= 9万2600円 − 3400円)売れている。これによって、オッズが47.1倍から13.6倍に下がったのである。額としては少ないが、そもそもこの2時間で単勝馬券の売り上げ総額自体が132万8200円(= 152万9300円 − 20万1100円)しか増えなかったため、このように大きくオッズが動くことになっただけのことである。
 また、同レースの単勝馬券の売り上げ総額が、7時59分には20万1100円(最終的な売り上げ3314万3300円の約0.6%)、9時2分には57万5700円(約1.7%)、10時00分には152万9300円(約4.6%)、11時04分でもまだ231万8800円(約7%)であることもわかる。全体の0.6%や1.7%や4.6%しか売れていない時点でのオッズの変動をうんぬんしてみても得るものはない。
 つまり、「過剰投票」かどうかは、オッズの変動だけを見て判断すべきものではなく、投じられた票数そのもの、単勝馬券がいくら買われたのか、その金額で判断すべきなのである。
 
 さらに、上記の引用の後には、下記のような誤った記述が続く。

同馬の単勝売り上げは3300万円強ですから、総額で2000万円前後が関係者によって購入されたことになります。絶対に勝つという確信がなければこれだけの投資はできるわけがありません。

 インプルーヴの単勝売り上げは200万9000円である。同レースの単勝馬券の全売り上げが3314万3300円であることから、著者はこの数字をインプルーヴ一頭の単勝売り上げと誤認しているものと思われる。
 また、インプルーヴの単勝オッズが朝の2時間の間に三分の一に下がったという事実から、同馬の単勝馬券の全売り上げの三分の二がこの2時間の間に買われたものと誤認しているとも思われる。そうじゃないと「同馬の単勝売り上げは3300万円強ですから、総額で2000万円前後が関係者によって購入されたことになります」とは書けないだろう。前述したように、朝の2時間の間に売れたのはたったの8万9200円である。

 著者は9番インプルーヴの勝利を確信し、単勝1000円、複勝2000円に加えて、1番人気、2番人気、3番人気への馬単を各1000円買う。
 予想どおり(というか、著者の無根拠な推理どおり、なぜか)インプルーヴは勝った(まさに結果オーライ!これもまた競馬だ!)ものの、2着は4番人気の5番アグネスカルミア。この結果に対する分析がまたふるっている。

八時前に一番人気だったということは、関係者が多額に購入していたということなので、当然押さえる必要がある馬券でした。結果論ですが、一点買いで馬単万馬券も不可能ではなかったのです。

 確かに5番アグネスカルミアは7時59分の時点では一番人気だった。ただしこれは、その時点では総額で20万1100円しか売れていなかった単勝馬券のうち、アグネスカルミアの単勝が4万4400円分売れていたから、一番人気になったに過ぎない。これが「関係者が多額に購入していた」ということにあたるのだろうか?
 
 私は残念ながら知的な人ではない。だから、どうやら、この「知的な人の馬券術」は、私には向いていないようだ。