エ/ン/ジ/ン

最終更新時間:2010年08月31日 01時19分49秒

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 中島京子「エ/ン/ジ/ン」を読了。直木賞をとった「小さいおうち」とは違って、物語としては破綻しているような気もしたが、これはこれで面白かった。
 以下、「3 行き当たりばったりな侵略者」から。

「エンジンでゴリって言ったら、<宇宙猿人ゴリ> だろう」
「うちゅうえんじんごり?」
「<スペクトルマン> の敵役だよ。顔が緑で髪が金髪。手話みたいな、ものすごい手振りでしゃべる、悪役中の悪役だ。あれはなかなか忘れられないキャラクターだよ」
「それは、いわゆるヒーロー物ですか、その <スペクトルマン> というのは」
「そうね。いまや <ウルトラマン> と <仮面ライダー> 以外は、いわゆる戦隊系しか生き残ってないけど、あのころはいろいろあったの。<レインボーマン> とか <怪傑ライオン丸> とか <ミラーマン> とかさ」
「聞いたことないわ」
「<シルバー仮面> なんてのもあったね。『しるばーかめんは、さすらいかめん』という、短調の物悲しい歌も覚えていますよ」
行けレインボーマン

快傑ライオン丸- 風よ光よ Kaiketsu Lion Maru- Kaze yo! Hikari yo!

ミラーマンの歌

故郷は地球 (シルバー仮面)

「なんていいましたっけ、もう一度、その悪役の名前を」
「<宇宙猿人ゴリ>。僕はその、二つのあだ名を聞いたときに、ピンと来ました。歌がね、あってね。なんだったかな?」
 スーツの中年男、トンちゃんは目を閉じて、一節一節を思い出から絞り出すように歌った。

    惑星Eから/追放された
    そのくやしさは/忘れはしない
    宇宙を旅して/目についた
    地球を必ず/支配する

「なんだか、行き当たりばったりな侵略ですね」
 隆一は思わず感想を述べたが、スーツは、黙れと言いたげに両手でなにかを押しとどめる動作をし、すかさず続きを歌いつづけた。

    自分の理想と/目的持って
    強く生きてる/そのはずなのに
    宇宙の敵だと/言われると
    身震いするほど/腹が立つ

「ぼやいちゃってるよ」
 と、燕耕太が批評した。

 
 「8 S教授の話」から。

 ゴリは地球を愛している。
 惑星Eから追放されて、宇宙の闇を孤独にさまよっていたゴリは、まるで自分の生まれ故郷のような、青い、美しい星を見つける。故郷喪失者のゴリは、その星、地球をこそ、ぜひ手に入れたいと希った。
 ゴリは人間を憎んでいる。
 美しい地球を破壊してしまう人間を憎んでいる。
 ゴリは人間と戦うために、人間の作り出した公害を利用した。地球を破壊する物質、まさにその培養器である公害を利用することにした。
 ゴリが汚染物質を体に注入した人間は、怪獣になって人間を襲う。
 しかし、たいていその怪獣は、人間の心を残しているので、醜く変身した己れの姿を嘆き、人を襲ってしまう本性に気づいて自らを責める。
 ゴリは人間に罰を与えたいと希う。
 あるいは、人間から本来の地球を奪い返したいと希う。
 ところが希えば希うほど、ゴリは自分の設定したパラドクスにからめとられる。
 ゴリは人間を罰するために作り出した武器で、地球のさらなる破壊を進めてしまう。
 奪い返そうと思った美しいはずの地球は、どんどん醜くなってゆく。
 果たして彼が罰したかったのは、目の前で醜く怪獣に変身したまま、絶望して死んでいく人間だったのかどうかも、わからないままに。
 ゴリ。
 孤独な夢想家。宇宙の敵。
 あるいは、孤独な原理主義者。孤独なテロリスト。
 エンディングでゴリは盟友ラーをスペクトルマンに殺されて、自ら命を絶つ。
 一人ぼっちになったゴリ。ただ一人の友すら失って……。
 ゴリ。
 金色の髪に緑色の顔をした、孤独な、ばけもの。

 
 あるいは、「17 ヒトリノカナシミ」から。

 妙なことを覚えてるっていやあ、はっきり記憶に残ってるのは、そのとき生バンドが演奏してた曲のことだよ。初めて聴いたんだけど、忘れられないメロディで、それで俺は酒を運んできた女の子に、あのバンドは何て名前で、いま歌ったのは何て歌なんだと訊いたんだ。そうしたら女の子が、なんとかかんとかのヒトリノカナシミだって言うんだよ。なんとかかんとかのところは、店もうるせえから聞き取れなくて、ヒトリノカナシミってとこだけ訊き返したら、そうだ、ヒトリノカナシミだって、女の子は教えてくれた。
 いまでもそのメロディは覚えてる」
「一人の、悲しみ?」
「恋人がいなくなって一人になったっていうようなことを歌ってたんだと思うけど、歌詞のほうは忘れちまった。なんでその曲を覚えてるかっていうと、何年か経ってリトル・トーキョーの友達の家でぜんぜん違う歌手がそれを歌ってるレコードを聴かされたからだ。歌の題名も歌詞もぜんぜん変えちまってたけどな。日本レコード大賞を獲ったって言ってたっけ。なんだかひどく声量のある、バタ臭い顔をした男の歌手だったが、そいつの名前も忘れた。まあ、いいや、そんなことはどうでもいい」
ひとりの悲しみ

また逢う日まで    尾崎紀世彦