はやぶさのバクチ

最終更新時間:2010年09月11日 16時33分18秒

 「本の雑誌」328号(2010年10月号)掲載の、渡邊十絲子のコラム「馬に耳に新書」から、冒頭部分を以下に引用する。

 はやぶさという、宇宙のかなたを調べに飛んでいった機械が、地球に帰ってきて大人気。だけどこの機械、故障ばっかりの落第生ですよ。残ったわずかな機能をむりやり別な目的に使ってみる大バクチに偶然成功して無事帰ったことが美談みたいに報じられているのが、なんだか釈然としない。
 はやぶさチームは、バクチのセンスが素朴すぎます。「人間の知恵と工夫の勝利」みたいにTVも新聞もあおったけど、そもそも故障しない機械をつくるのが本筋。または故障も想定して汎用性の高い代替機能を用意するとか。それなら「人間の知恵と工夫の勝利」と呼んでもいい。チームにはアカギか渡久地東亜(知らない人ゴメン)を混ぜておくべきだった。あそこまで追いつめられて初めて奇策をひねり出しているようではいつまでたっても負け組だ。他人の金をつぎこんだバクチなんだから「代打ち」である。惨敗しないための保険は周到に、またいくつでもかけるべきだ。

 お説ごもっとも。まさにおっしゃるとおり。
 だが渡邊は、はやぶさチームの力をあまりに過大評価しすぎではないか。
 はやぶさの限られた大きさ重さの中に「故障も想定して汎用性の高い代替機能を用意」しておくほどの技術力は、はやぶさチームにはなかった。しかたなく、できる範囲でやれることをやっておこうと、たまたま追加しておいた小さな小さな1個のバイパスダイオードが、今回偶然役に立っただけ。まさに「負け組」が「大バクチに偶然成功」しただけの話なのである。
 はやぶさに搭載されていたECR放電型イオンエンジンは、世界で唯一実用化されたもので、当然ながら今回のフライトが初めての本格的運用だった。そもそも、このエンジンをどう運転すれば長持ちするのか、また、どんな風に故障するのか、そんな知識さえはやぶさチームにはなかったことになる。「本筋」である「故障しない」エンジンを作ることなど夢のまた夢。素朴なセンスでバクチを打つしかなかったのである。
 「故障ばっかりの落第生」と言われてもいい。「大バクチに偶然成功」したのでも何でもいいので、まずは勝利を積み重ね、勝ち癖をつけること。それこそが、バクチで勝ちをつかみ続けること、少なくとも、大負けせずにバクチを打ち続けることへの第一歩であると、私は思う。次の勝負に今回の経験が生かされることは言うまでもない。

辺境生物探訪記
光文社
長沼毅/藤崎慎吾
楽天 Amazon

 渡邊のコラムは、上記引用の後、長沼毅と藤崎慎吾の対談集「辺境生物探訪記」の紹介へと移る。この本は、深海、地底、砂漠、北極や南極、火山、果ては宇宙と、あらゆる極地で生命の起源を探る研究者とSF作家の対談をまとめたもの。渡邊は「やってることははやぶさと同様探索だが、こっちは美談仕立てではない」と記しているが、現代の研究者たちが行っている極地探索が、繰り返された先人たちの無謀な大バクチ(美談も多いネ!)の上に成り立っているということには、思いが至っていないようだ。

参考